チャイ工房 その3
昨日はちょっこし焦げました。
港区ツアー。
まず港区役所まで6年ごとの営業許可の更新に行きました。
以前は大正区役所の保健所でやってもらえたのにシステムが変わっていました。
うちから港区へは甚兵衛渡船場から渡し船に乗って行くのが便利です。
チャリで5分くらいで乗り場に着き、15分程待っていると、係員の方が開門し、
人もチャリも乗り込むと出発です。
水鳥が魚を追って川面すれすれに羽ばたいて通り過ぎました。
河口の風がほおをなで涼むこと数分、もう対岸の港区です。
御礼を告げて降ります。お金は要りません。
そこからまた5分くらい走ると区役所です。
手続きはいつものようにお金を納めるとすぐ終わるかとおもっていたのですが、
設備の不備を指摘され
これでは許可が出せないと言われました。
けっこう改装が必要で頭が痛くなりました。
日々ぎりぎりで営んでいる小さな喫茶店にとっては、
たとえ小さな設備替えでも大きな影響を受けます。
でも、ここで職員の方に文句を申し上げても仕方のないこと、
きっと今までが大目に見てもらっていただけなんでしょう。
この夏は休み返上でがんばらないとなあとかんたろう氏と覚悟を決めました。
頑張る前にかき氷でも食べて帰ろうカアと
天保山までダッシュ!
最近行ったことがなかったので、この道だったかなあとチワげんかしながら、たどりつきました。
20分くらいでしたが、暑かった。
台湾茶とかき氷がいただけるお店に入り、
ゆっくりと工夫茶も楽しんで、旅行気分を満喫、
ああすっとした〜
それにしても小さな店を維持していくことが
本当に大変な時代になりましたね。
しかし、負けませんよ、笑。
ではチャイ工房の話の続きをどうぞ。
大家さんの家の一郭を間借りして店にし、隣接するアパートに住みました。看板猫のチャイも飼い始めました(2009年他界)。屋台も9月までは続けていました。
ところが、秋頃から泥庵が体調を崩し、翌年神戸の震災後にはますます悪くなり、3月に悪性腫瘍が見つかり、4月には手術、リハビリ後5月9日には退院したのですが、容体が急変して、翌日に帰らぬ人となってしまいました。まだ50歳でした。彼はまったくそんなつもりはなく、数時間前までたくさんの友人に電話をして「明日から店を再開する」と伝えていました。また、アパートにも店を広げようと二人で計画を話し合っていました。だから、死後、その夢を実現させるのは自然な流れでした。
This entry was posted on 火曜日, 7月 27th, 2010 at 7:13 AM and is filed under 未分類. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Both comments and pings are currently closed.